「何でステレオなんだ、モノラルのほうがいいじゃないか」

藤幡
細野さんは音楽の世界だけに限らず、以前はなかったことに挑んで新しい場を開いてきた人だというふうに広く認識されてますし、細野さん自身も意識的にそうされてきたと思います。

細野
あまり意識していないけれど、当時はね。でも今は違う(笑)。

藤幡
YMOのときにも音楽が面白いというだけではなくて、アメリカから入って来たものを日本人がどのように受容するのかという視座そのものに、ものすごく刺激を受けました。このような立場で日本人が発言することが可能なのかと驚いたわけです。

細野
YMOは先ほど話した「関係ない」ことの開き直りだったし、日本のあり方はそこにしかないのではないか、という意識はあったな。

藤幡
意識されていましたよね。白(魔術)でも黒(魔術)でもないイエロー・マジックという言葉もそうですが、世界と時間を一周まわってきた音楽というのは、いわばヨーロッパを経由してアメリカから日本に伝わり勝手に進化したハンバーガー、とりわけテリヤキ・チキンバーガーみたいなものですよね(笑)。だから単にテクノが凄かったということではなくて、ポップ・ミュージックの歴史、受容の仕方とともにテクノが提示されたことが凄かったのです。もうひとつ、YMOの頃のテクノロジー環境も特別なものでした。われわれにとってテクノロジーはもちろんお金で買うことのできるものですが、ある限られた人たちの物ではなく、それを買える者同士の間では差別がなかった。例えばヤマハが新しいシンセサイザーを出すと世界中のミュージシャンが買い、同じ音源が出回るということが起こっていた。これは逆に言えばとても民主的で、だから競争にもなる。そういう環境、場所で細野さんたちがYMOでやったことは、テクノロジーという共通の基盤の上で、テクノというグルーヴを発見して見せてくれたことだと思います。僕と細野さんが知り合ったのはYMOの頃ですが、今思えば、テクノと呼ばれるYMOの音楽にあったグルーヴ感みたいなものは、細野さんのそれ以前の作品の方向性と変わっていないんですよ。 それから、『FLYING SAUCER 1947』(2007)には『泰安洋行』(1976)の頃の曲も入っていますが、細野さんの声にはあらためて驚きました、凄いです。僕はここ5年くらい真空管アンプ作りにはまっているのですが、結局モノのあり方のコントロールで音が変わってしまうことがおもしろいんです。何を言いたいかといいますと、『FLYING SAUCER 1947』の録音では凄いいいマイクを使っているでしょう?

細野
さすが。それは僕も発見だったのね。そこにあるマイクが1940年代に大活躍したRCAのリボンマイクといって、当時のレコーディング写真を見ると皆このマイクを使っている。『FLYING SAUCER 1947』を作るにあたって、自分の声に合うマイクを探していていたときに探し当てたものです。昔はこのマイクを1本置いて録っていて、ミキシングはしなかったのです。ところが、聴いてみると当時録音された音源のほうが圧倒的に情報量を持っている。
対談風景
藤幡
それはなんででしょうね。

細野
音と一緒に当時のスタジオとか部屋の空気が録れているわけ。だから当時の音には、ホログラフというか、音のどこを取っても世界がそこに反映されているような、そういう豊かさがあるんだよね。

藤幡
モノラルで十分なんですよ。良い状態でモノラルを聞くと、ちゃんと部屋が鳴っているのが聴こえる。

細野
今はその方向に戻りつつあるとは思う。60年代から80年代までに至るテクノロジーの発展や発明があり、その間に音楽も変わってきた。一番変わったのは、マイク1本の録音から多重録音になったことで、マルチレコーディングのように音素一つひとつをバラバラに録るようになった。それがつい最近まで続いてきたけれども、今はもうそうしている人がだんだん少なくなってきているんです。特に80年代あたりをピークとした特殊な時代だったのだろうと思う。フレッド・アステアが出ている60年代初期のミュージカル・ソングに「何でステレオなんだ、モノラルのほうがいいじゃないか」って歌っているのがあったなあ。ステレオは出た当時は革新的だったんだよ。NHKラジオの第一放送、第二放送で同時にクラシック音楽を生中継していて、それが初の「立体放送」体験でした。2台のラジオの真ん中に座って、音のバランスを中央に合わせるため、放送の最初にピンポン玉が左右に振れてるのを確認する。違う種類のラジオだから少し特性が違うけれども、その臨場感がものすごいので、夢中になって聴いていた記憶があります。それが本当のステレオなんだよね。今のステレオはミックスして並べているだけだから、どうやっても擬似にすぎない。1本のマイクで録るのがモノラルだとしたら、2本のマイクで録るのがステレオ。でも今はそんな録音はないから、厳密な意味でステレオというのはない。

藤幡
なるほど、マルチ録音には嘘の空間しかないということですね。これはステレオじゃないと、言い切ってもいいくらいのことですね。ライヴ盤でもそうですか?
対談風景
細野
ライヴ盤もマルチで録ってミックスしてます。誰でもそうだけど僕の場合も修正したり、ライブ感を出すために加工している(笑)。

藤幡
NHKでとおっしゃいましたけれど、ステレオの基になっている技術はアメリカのものですよね。

細野
うん。ハイファイという技術もアメリカの潜水艦のソナーから出てきた技術です。録れる音の範囲を広げたんだろうね。だいたいが軍事技術に由来している。